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〝ギャグマンガ描き〟白川タロイモの漫画ブログ

【漫画家志望】投稿・持ち込み体験記①-2【初めての出張編集部編】

【漫画家志望】投稿・持ち込み体験記①-2【初めての出張編集部編】

 

2006年後半から2007年前半頃。←曖昧ですみません。

前回の出張編集部への持ち込み活動により初めて担当さんなるものが付いた僕はすぐに新作に取りかかりました。

 

呼び出しと休刊

 

 一週間後にネームが完成したので、見てもらえないかと担当Kさんに連絡お伺いしたところ

「画力とかも見たいから完成原稿の方がいい」と言われました。

たしか一ヶ月か二ヶ月程かかってしまいましたが新作の原稿を完成させて送りました。

(まずは原稿量産力やら画力やら見る上でも完成原稿をたくさん描いてもらうというパターンも多いかと思います。)

 


今となっては当たり前だと思うのですが当時は

何でやー何でネームではアカンのやーと思っていました。

 


しかしそこは「修行だ!」ということで一作ずつの完成度を増せるよう工夫しつつ確実に原稿を完成させることを一番の目標として作業していました。

専門学校の課題も勿論原稿とは別でやっていました←こちらは不真面目でした(キッパリ)

 

そんなある日

学校の授業中にマンガ学科のお偉い事務の先生にこの前出張編集部に参加していた僕ともう一人の子の二人が呼び出されました。 

 

「某月刊誌Jが休刊するらしい」

 

 

 

 

 

 

……え?

 

 

 

 


!?!?!?!?!?

 

 

 

 


せっかく担当に付いてもらえたのに、その雑誌が休刊(=ほぼ廃刊らしい)することになったのです。※実際に2007年5月発売号で休刊しました。

 

学校にはこの前の持ち込み結果を伝えていたので最新情報を報告してくれたのでした。

 

そして新しく創刊される月刊誌の存在も教えてもらいました。

そちらは休刊される月刊誌よりも女性読者向きであるという情報も教えてもらいました。

 


嘘ぉん・・・

 


どうする?どうする?ぱにっく!!

 

とりあえず僕と呼び出されたもう一人の子は別々の編集さんだったのでそれぞれで問い合わせてみました。

するとKさんもとても残念がっていて、月刊誌J休刊の旨と共にこの度新しく創刊される月刊誌Jのことを聞かされました。

※イニシャルは同じですが別の雑誌です。

 

Kさんはマンガの編集部を辞めてしまうとのこと。

当時はそれが異動なのかどうかはよくわからず詳しくは聞けてません。

何よりも、これから担当さんが付いたから頑張っていこう!!という気持ちが折れてしまいそうなくらいのガッカリだったのです。

それくらい休刊というのは想像もできてませんし、頭に無かったです。

 

そしてKさんの代わりに創刊される新月刊誌Jの別の編集さんに(僕の)面倒を見てもらえるよう伝えておくから担当さんを別の人に引き継いでもらえるとのことでした。

 

担当さん付いてから一作しか出してね〜

というか休刊ってそんな急に決まることなの!?!?

正直これは思いました。

詳細な日にちは何も資料が無くて覚えていませんが、前の出張編集部からそれ程期間が経っていませんでしたので…。

これから頑張るぞ!っていう出鼻を挫かれた思いです。

いずれにせよ僕には悲劇の出来事でしたが……

 

まぁ引き継いでもらえるとのことなので頑張ってみよう!

 

そんな気持ちも芽生えて気持ちを立て直しました。

根拠ない自信に満ち満ちていた当時の僕はこんなことで心は折れず。どーん!

 

その後電話でKさんから提出している原稿の感想とアドバイスをもらいました。

 

そのアドバイスとなんとも言えない不安な気持ちの元、僕は新雑誌に出すための新作のネームを描いていました。

 

そして後日既にKさんに出していた原稿が返ってきました。

中にはおそらくKさん直筆の手書きメモが。 

担当さんメモ

 「がんばってください!!」

 この写真のメモがソレです。大事にとってあり約15年ほど実家の壁に貼ってありました。

とっても簡単なメモですが、当時の僕にとってはお別れするKさんからの凄まじいエールだと思えました。

ザ・ポジティブキング!!

 

 連絡待ちと創刊

「新雑誌の担当から連絡がいきますので」と聞いていた僕は連絡を待ちました。

 

 

 

新担当さんからの連絡を待っている間に月日は流れました。

今となっては待ちの姿勢が良くないとも思うけど、連絡がないのはショックでした。

待てども待てども連絡は来ません。

 

もういい!!!!

 

元々某週刊誌Jか某月刊誌Jに載りたかったのだから!と気持ちを切り替えた僕はその新雑誌のことはきっぱり諦めました。

以前の雑誌よりも女性向けと聞いていたのも理由にあるかもしれません。

来ない連絡を待っている間も、止まらずに何かしら描いていた自分を今となっては今の自分から褒めてあげましょう!そうしましょう!(何じゃ?この文章は)

 

その後も引き継いでくれた(?)担当編集さんからの連絡は来ませんでした。

もしかしたらKさんがテキトーだった可能性も無きにしも非ずですが、プロの編集者として初めて評価してくれたKさんのことは嫌いにはなれませんでした。

そして僕からKさんに連絡することもありませんでした。

 

あの日呼び出されたもう一人の子も、また別の雑誌に目標を切り替えていました。


そんな時、元々大本命である週刊誌Jが大阪に出張編集部に来るということを知ります。

向こうから来てくれるなんて!

このチャンスを待っていたぞ…!!!

 

僕は改めて進めていた原稿に向かいました。

〈②につづく〉

 

〈余談〉

数ヶ月後の話ですが、例の編集部からは何も連絡が無いままとうとうその新雑誌は創刊されました。
当時本屋さんでバイトをしていた僕は並べられたその雑誌の創刊号に複雑な感情を抱きましたとさ。トホホ。

 

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